望遠レンズ、夜景撮影、三脚なし

あまりに更新していなさすぎた。

はてなだけではなくて、私物のパソコンで自分の文章を打つ機会があまりにもなさすぎて、ついにパソコンの予測変換機能が記憶を飛ばしてしまった。

「更新」って打とうとしたら「行進」がいちばんに出てくる。
大好きな「ジブリ」すら「地ぶり」と予測してくる始末。

これはさすがにいかんと思ったので文章を書きます。

 

 

先月16日、京都では五山送り火がありました。

なんでも京都人に「大文字焼き」なる言葉は禁句らしいですね。
大学で知り合った京都人も、「大文字焼きなんて言った奴は焼く」(意訳)とおっしゃっており。

五山送り火の6文字(未だにこの1の差はどういう訳か分かってない)のうちでもっとも代表的であろう如意ヶ嶽の「大」、実は下宿先からどんぴしゃ見える位置にあるのです。

というか吉田キャンパス近辺で東に窓がある家に住んでいる京大生の家からはたいがい大文字が見えます。

せっかくそれなりにいいカメラを持っているんだから大文字送り火のベストショットを撮ってやろうじゃないかと息巻いて、使い慣れない望遠レンズに付け替えてタイミングをはかっておりました。

 

結果撮れた写真たちがこちら。

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見るも無残

 

夜景の望遠撮影を手持ちでやろうなんて考えが浅はかすぎました。どんなにカメラがよくっても撮影者の腕と知識がなくちゃあそりゃこうなる。

 

三脚はなくてもなんとかしてナイス送り火ショットを撮ってやろうと試行錯誤して、なんとか固定方法を見つけて撮った写真がこちら。

 

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若干の動きはあるけれど綺麗には取れた。綺麗には。(自分比)

 

……煙たい。

私がイメージしてたのはもっとこう、光が点々と暗闇に映し出されてるような、お盆の儚さを感じさせるような一枚であって、、、

 

カメラを構えて点火を待っていた時にはまさかこんなダイナミック送り火が撮れるとは思ってもいなかった。
送り火の光を写真に収めようとしていたのに、結果として印象に残るのは煙である。

しかしながら考えてみよう、亡くなったご先祖を天界へ送るための送り火、上へのぼってご先祖をお送りするという意味では、光より煙の方が本来の送り火の趣旨に近しいものなのでは?これは宗教儀礼としての送り火、如意ケ嶽大文字をありのままに写した写真なのでは…?

 

適当な言い訳を考えてしまった。京都人に焼かれるかもしれない。

 

まとめて言えば、「どの写真も味があっていいよね」である。

せっかく買ったいいカメラ、その性能に追いつくくらいには腕を磨きたいと思う今日この頃。

 

さて、少しは予測変換くんのリハビリもできたでしょうか。
カメラもブログも物書きも、何事も継続が大事だと予測変換くんは教えてくれているのかもしれない。